無限の時間があったあの家の空間をさまようと夢か現実かわからないエピソードを思い出すかも。
超新星爆発
arachnophobia=fear of spiders
キンモクセイの香りが広がり、それは海の上のヨットまでたどりつく。浜に上がって垣根沿いに歩くとその香りはますます強さをます。そういう夜の翌日に限ってなぜか風邪をひいたりするものである。
その家の庭では、雨の日になると、苔むした庭のとび石の間をいく筋もの川が流れている。
傘をさして、そこに笹舟を流してみると思った以上に旅をする。
笹舟を追いかけていくと、いつもは入ったことのない裏の方にまで流れてゆき、ふと家をみるとこんな角度から家を見ることはなかったと、なぜか心細く思うのである。
思い返すと音や湿度まで思い出せる。心の中でビデオカメラを回したということであろうか。
ホコリの積もった棚に変わった形のワインボトルがある。
直径が20cmはあっただろうか、底は幅広く、二重ガラスの中にダンスをしている礼服とドレスを着た人形が入っている。
クリスマスに電灯を消して、ろうそくに火をともし、ボトルの口から甘いテーブルワインを注ぐとみるみるワインレッドの世界に人形が溶け込んでいく。
底のネジを巻くとオルゴールがワルツを奏でながら二人の人形は音楽にのせて踊る。
子供達はみんなそれをじっと見ている。
あの音楽はなんという曲なのかはいまだに分からない。
幻の名酒
「その昔、3人の美人の先輩に、しばちゃんしばちゃんと可愛がられたのだが、その中でインディアン娘のような風貌の北川さんが合宿所に帰ってくるなり、その美しく長い黒髪を後ろに跳ね上げながら、
「普通ではいっさい手に入らない幻の名酒、
湘南ほまれを買ってきてやったぞ」
とのこと。
その名前は幻の名酒にふさわしい名前だとその場の誰もがうなずいたのです。
欠けた湯のみ茶碗とともにみんなで森戸の浜に出ていき、
命じられるままに火を焚いて、一杯飲むけれどもなぜか酔わない。
それならば走ってこいと言われて浜を往復すればなんだか酔ったような気分になる。
二級酒だからこそうまいんだと言われ、確かにそうだと思ったりする、夢のような春の夜の出来事でした。
それから5年ほどたったころか、風の便りで、海外で家族とともに亡くなったとか。
それから15年経ったある日、どういうわけか、
こゆるぎ岬を歩いているときに、
ふと北川さんを思い出し近所の酒屋に立ち止まってみたら、
ちゃんと売っているではありませんか。
当時は全く探し出せなかったのに。
聞いてみたら、湘南の水は良くないからといって、
料理酒としてなら売るけど飲むなら特級しか売れないとつっぱねられて、
結局本物は飲めませんでした。やはり幻の酒か。
その夜はなんだか銀河鉄道の夜を読んだあとのような気分になったのでした。
スミレがいっぱいに咲きほこるその小島に住んでいる男の子は遠いところに行ってしまった友達にスミレ色の淡さと海の青さを伝えるために、記憶の羽の入ったガラスびんを持って小舟で沖に漕ぎ出したのでした。
170227 チェーンテリングより
とある小さな町の小さな子供の、ある夜の物語
[ 音楽: 亜麻色の髪の乙女 ]
その小さな子供は、塩づくりが盛んなとある小さな町で生まれました。川が中心を流れる扇状地となっていて、平野の山寄りには田んぼが広がっていて、海側には塩田が広がっていたのです。その小さな子供はお堀で囲まれたお城から3分ほどの城下町の旧家で育ちました。そこからは自転車で20分ほどで海のまぶしさにも山のすがすがしさにも川のよどみにも出会うことができるのです。
が今日はその家の中でのお話。
大きな蔵のそばにある、庭が見える子供部屋でのお話です。
[ 音楽: パスピエ ]
夜中にふと目がさめると、なにやら話し声が聞こえます。その小さな子供は部屋のすみに行ってみると、地下にもぐっていく洞窟を見つけました。不思議に思っておりていくと、小さなアリたちがなにかを議論しているようなのです。
そーっと近づいてみるとなんと彼らの言葉が聞き取れるではありませんか。
もう、あの人間たちの横暴にはあきあきした!
だからといってどうする俺たちになにができるわけでもないではないか。
いやいや俺たちも束になってかかれば、この世界をひっくり返すことだってできるはずだ。
そうだそうだ。世界をわれわれの手にとりかえすのだ!
息をのんでうしろにあとずさむと、足の下で木の枝がぽきっと折れました。それはアリたちにとっては大きな音だったのです。
なんだ!誰かいるのか!
あ、あれは昼間俺たちを虫眼鏡で焼き殺そうとした人間のこどもだ
つかまえろ!みんな急げ!
おそろしくておそろしくて大急ぎで洞窟をかけのぼります。が何百何千といるアリたちが小さいくせにものすごい勢いで上がってくるのです。なんとか洞窟の外にでたら、急にアリたちの声がしなくなりしました。
[ 音楽: 月の光 ]
なぜだろうと思いながら部屋を見渡すと、扉のまどから光が差し込んでいます。
なんだろう、この明るい光は、と部屋をでると、昼間もうっそうとしている庭に、ずっと明るく月の光が差し込んでいます。古い蔵の屋根よりもずっと高く、真上近い高さに月があります。
それをじっと見ていると月の重力で体が浮き上がるような気がするのです。さっきのは夢だったのだろうか、それともこれも夢だろうかと思うと、木々の葉っぱのうらにかくれていた光る何かたちがゆっくりとどんどんそらに浮き上がっていくのです。光たちはなにかをささやきあっている。でもなにを話しているのかは聞き取れません。
これはきっと昼間のおとなたちの知らない真実の時間なんだ、とその小さな子供は思いました。
月の光とささやきの謎はいつまでもその子の心に残ったままなのでした。
おしまい
161031 Haloweenの夜発表